心療整形外科

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2009年 07月 28日

メールをいただきました

ある方からメールをいただきました。

「ブログで発表してもらっても大丈夫です。もっと多くの人にトリガーポイントの素晴らしさを知ってもらいたいです。」ということで了解をえています。

ヘルニアと診断されて不安な気持ちでいる皆さん、ヘルニアは痛みの原因でありえませんよ!痛みの本態は筋肉の
spasm(痙攣痛)です。どうぞ安心してください。


加茂先生に人生をリセットしてもらいました!

こんにちは。初めまして。私は大学2年の女です。私は腰椎椎間板ヘルニアと診断され、MPSで苦しんでいたものです。

私の場合、中学から腰痛でなやみ、最近になって(GW明け)腰の異常な痛みに整形外科へ駆け込みました。

MRIを撮ったら、医師に「うわ~、ひどいねこれ。ヘルニアだよ、椎間板ヘルニア。ぐしゃーってつぶれちゃってるよ。これから毎日コルセットだよ。今は保存療法だから。」と、ロキソニン、筋弛緩剤、神経修復のためのビタミン剤、シップをだされ、次の診察日の予約をされただけでした。

いきなり運動制限をされ、精神的にも落ちこみ、以前から胃が弱かったのもあり、次第にご飯が食べられなくなり、二週間たらずで5キロ位やせました。

また、生理痛がひどく、以前からそれに悩んでいました。私はまさかそんなにひどいヘルニアだと思っていなくてショックで精神的に不安定になりました。

生理痛も尋常ではなく、ロキソニンも全く効きませんでした。インターネットで生理痛を調べたら、子宮内膜症
という病名が浮かびあがってきました。ただ、インターネットの情報は怖いもので、最悪の事態も書いてあるのです。

手術や不妊、永久的に生理をこないようにする・・・など。それらを読み、私はパニック状態になりました。頭が真っ白になり、夜中の一時に実家の母に電話をし、「早く病院に行かなきゃ、早く病院に行かなきゃ」とそればかりくりかえす始末でした。

ヘルニアのトラウマからか、今度もひどいに違いないと思いこんでしまいました。病院に行ったら、確かに子宮内膜症でしたが、かなり初期でということが分かりました。これで、ますは一段落と思ったら、今度はご飯が食べられない、胃の強い痛み、吐き気、夜も眠れなくなりました。

そこで、胃カメラを飲んだら、胃潰瘍になっていました。胃カメラを飲んだ際に過呼吸になり、足に力が入らなくなり立てなくなりました。

胃潰瘍が落ち着いたと思ったら、今度はまたヘルニア(のせいだと以前は思っていた)がうずきだしました。最初は足の痺れがひどく、常に正坐をした後の足のしびれを強くしたものがありました。夜になるとさらに強くなり眠れなくなりました。

私の足は麻痺してしまうのでは、と泣く日々でした。次に、足がつっぱるようになり、歩けなくなりました。3歩歩けば足がつるのです。

次第に、歩くのを避けるようになり、最終的には車いすで学校に通っていました。安静にしろって言うから安静にしていたのに、どんどん悪くなっていく。どうして?助けて・・・と嘆く日々でした。

いよいよ日常生活が困難になりました。パンツやズボン、靴下が自分ではけないのです。お風呂に入っても、自分で足すら満足にふけない。

絶望でした。私まだ20歳・・・。これからなのに。学校も留年の危機・・・どうしよう。病気もつらいのに、さらに留年もしなくては。「もういやだ。」これは地獄の日々を送っていた日々に毎日のように繰り返していた言葉です。

ヘルニアについて勉強しようと調べれば調べるほど分からなくなり、どんどん不安になっていきました。人生の希望が見えなくなりました。

執刀医探しをするのも一苦労、激痛で探せない。

なんとか留年だけは避けようと、夏休みに手術を決意。学校側にもその措置を頼みにいきました。そしたら、学校の教授に、「ヘルニアは手術した後3か月は寝たきりだから、そんな1か月で復帰できるの?ヘルニアの痛みは麻薬やモルヒネじゃなきゃきかないからね。」

「ヘルニアなんか手術したって治らないよ。ずっと寝てるしかないんだよ。手術するのはいいけど、もし手術しても治らないことも頭の片隅においておく必要がある。」

などさんざん言われました。また、「寝ていても、学校のテストの合格点位とれる。」など・・・何度怒りで肩を震わせ、泣き悲しみ、絶望的になり、疎外感を感じたことか・・・

気が狂ったように泣き始めたり、勉強道具をなげすてたり、パンを握りつぶして投げ捨てたり・・・今振り返ると、あれはうつ病だったのでは・・と。

病院でだされた睡眠薬を日々数え、死ぬのに必要な数を確保しようと考えていた日もありました。テレビを見れば、笑っている人がいて、「なんでみんな笑っているの?みんなは毎日が楽しいの?みんなは腰が痛くないの?」私は笑うことを忘れました。そして痛みのない生活が分からなくなっていました。

ある日、執刀医探しの病院に行くのすら激痛でかなわないと思い、病院に行くための痛み軽減対策として、とあるペインクリニックを訪れました。

それが、私の運命を変えたのです!

そのペインクリニックの先生は、トリガーポイントの考え方を取り入れていらっしゃる先生だったのです。初めは、整形外科の先先生の説明とあまりにも真逆すぎてとまどいましたが、もう神にもすがる気持ちで治療を受けました。

そしたら、三段階段を上がるごとに休み、泣きながら上っていたのが、たった一回注射しただけで、階段が休まず上れるようになりました。

注射を重ねるごとに鎮痛剤がボルタレンからロキソニン、ノイロトロピンへと変わっていきました。今では、本当
にツライ時のみ鎮痛剤を使うだけになりました。ブロック注射を始めてから、一度もボルタレンを使わなくなりました。嘘のようです。

今、普通に学校に通えるようになり、一人で生活できることに喜びを感じています。

一度は人生をあきらめなくてはならないのか、とさえ思ったほどの痛みが嘘のようになくなり、加茂先生はじめ、ペインクリニックの先生に感謝の気持ちでいっぱいです。

実は、私は今医学部2年です。ヒトの役に立ちたい、助けたいと思い医学部に入学しました。それが、ヒトに支えてもらわなければ何もできなくなってしまったことに絶望を感じ、本当に将来医師としてやっていけるようになるのか不安でいっぱいでした。

もうなにもかもどうにでもなってしまえばいいんだ、と自暴自棄になっていた時期もありました。

しかし、私の人生は、トリガーポイントブロックにより変わりました。

もう一度、一人の人間としてのスタートラインに立たせていただきました。本当にありがとうございます。私は誓います。将来、医師になれたら、患者さんのために精一杯尽くし、患者さんの気持ちを真剣にとらえ、地獄のような日々からもう一度新しい人生へと歩きだしていけるように全力でお手伝いをする、と。

色々まとまらず長く書いてしまいました。ただ、ひとつお伝えしたいのは、加茂先生は着実に多くの人を救い、多くの人に幸せな人生をもたらしているのだということです。本当にありがとうございました。            


がんばってください。

痛み、不安、抑うつ、過呼吸、胃潰瘍、生理不順・・・・これらはたぶん一連の出来事かもしれませんね。痛みやしびれに関する診断は間違っていることが実に多いのです。
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by junk_2004jp | 2009-07-28 00:17 | ヘルニア脊柱管狭窄症の矛盾 | Comments(1)
Commented by ばらん at 2009-07-28 00:41 x
良く頑張りましたね(^^)。
私も29歳で椎間板ヘルニアになりました。10年以上前の事です。
医師が有無も言わさず腰椎ブロック注射を腰に一発(苦笑)。
看護師さん4人に押さえ付けられての注射でした。かなり痛かったけど、1ヶ月で元の生活に戻る事が出来ました。
手術は20年前からあまり意味がないと言われてました。医師に知識があれば、トリガーでヘルニアは治るんです。
経験は未来の糧です。患者を大切にする医師になって下さい。
医学は日進月歩です。最新情報は常に探し続けて下さい。


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