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心療整形外科

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2011年 05月 18日

ilihpli 03 「頭痛と腰痛」痛みの最新科学

ilihpli 03 「頭痛と腰痛」痛みの最新科学_b0052170_18202518.jpg出版社から、私の書いた部分をブログに載せてもよいとの承諾をえました。

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「損傷モデル」は過去のもの

椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症あるいは腰椎すべり症や分離症など脊椎の構造異常が腰痛の原因であるといわれてきました。この考え方を「損傷モデル」といいます。「神経が押さえられると痛い」「背骨の老化や変形で痛い」という考え方です。しかしこの損傷モデルは間違っていると私は思っています。

「神経が押さえられると痛い」の代表的なものとして椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症があります。

痛みの生理学で神経が圧迫されると痛みやしびれが生じるという根拠は示されていません。また健常者にもヘルニアや脊柱管狭窄がよくみられることが分かってきました。すべり症や分離症も同様に健常者にもみられます。その反対に痛みがあっても特に構造異常がないこともあります。

手術で満足する結果が得られない症例はしばしば経験します。頻回手術によって泥沼化していくケースさえあります。手術による治療もそれ以外の治療も結果に差がないという研究報告がいくつもあります。

「決まり切った画像検査(レントゲン、MRI、CT)は患者を不安に陥れ、的外れの治療へと導く結果となる。」これは最近の海外の文献からですが痛みを画像診断することはできないばかりか治療に悪影響を及ぼすという内容です。

痛みの画像検査は痛みを伴うことのある特異的な病理所見を示す疾患、すなわち、悪性腫瘍、感染症、骨折などのあきらかな損傷、リウマチ関係の炎症性疾患の有無を調べるものであってそれ以上の意味があるものではありません。

ヘルニアや脊柱管狭窄は痛みの原因ではなく結果とみるほうが理屈にあいます。つまり筋肉のこわばり短縮の結果なのです。筋肉の短縮はO脚変形や前方へ突き出た丸まった肩などをきたし、それが軟骨や椎間板の変性をおこす要因の一つとなっているのです。

損傷モデルで痛みを説明することは矛盾に満ちています。そこで「生物・心理・社会的医学モデル」という古くて新しい概念が登場してきました。

痛みを全人的に診る

「痛みの生物・心理・社会的医学モデル」とは痛みを全人的にみることです。どのような痛みも環境や心理状態によって変化します。損傷モデルではこれは説明し難く、環境や心理状態によって変化しうる筋肉の緊張が痛みの現場と考える方が妥当なのです。

筋性疼痛は機能的トラブルです。ストレス反応として肩こり、胃痛、血圧上昇、咳などさまざまなものがありますが慢性化した筋骨格系の痛みも一種のストレス反応とみることができます。不安やうつ、睡眠障害、パニック障害と慢性の痛みは関係しているように思われます。

筋肉の痙攣が痛みの原因

筋肉は意外と繊細です。転倒など身構えることができないケガ、度を超えたトレーニングや労働など繰り返えされる動作、あるいは悪い姿勢を続けることによって筋肉に微小損傷が生じます。すると筋線維内にあるカルシウムを蓄えている筋小胞体が破れてカルシウムイオンが放出され筋肉が収縮します。運動会の翌日に体中が痛むことを経験したことがあると思いますが、これを遅発性筋痛といいます。

筋肉が収縮しても数日で治ることが多いのですが、休息がとれなかったり心理的ストレスが大きかったり寒冷にさらされたりすると血液の流れの悪い状態が続いて筋肉の収縮が元に戻らなくなってしまいます。この状態を「筋拘縮」といいます。

このようにして出来た硬いしこりのある筋肉を私は「ワケあり筋」と呼んでいます。生活暦が長くなると誰でも一つや二つの「ワケあり筋」を持つようになるものです。「ワケあり筋」が必ずしも人を苦しめるわけではありませんが、心理的ストレス、物理的ストレス、疲労、寒冷などが引き金となってワケあり筋が騒ぎ出すことがあるのです。

ワケあり筋のなかには硬いしこりがあります。これを「筋硬結」、「策状硬結」といいます。筋硬結を押すと痛みを感じます。なかにはほかの部位に痛みが放散するものがありますが、この放散痛を関連痛といいます。関連痛が生じる圧痛点を「トリガーポイント」といいます。

トリガーポイントは痛覚過敏になっていて動作痛の原因になっているのです。重症となると安静時にも痛みを感じます。このような病態を「筋筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome)以下MPS」と呼んでいます。

MPSは1980年代にアメリカで『Travell & Simons’ Myofascial Pain and Dysfunction: The Trigger Point Manual (筋筋膜性疼痛と機能障害: トリガーポイントマニュアル)』(Janet G. Travell 医師とDavid G.Simons医師の共著)という医学書にて発表されました。

MPSはあらゆる部位の痛みの原因となります。腰痛をはじめとする筋骨格系の痛みのほとんどはMPSだと私は考えています。悪性腫瘍、感染症などの特異的疾患、幻肢痛などの神経障害性疼痛はMPSではありません。

骨折の痛みは骨折に合併したMPSです。骨折の治療と痛みの治療は別問題で当初より二本立てで行うべきなのです。捻挫にも同じことがいえます。そうでないと損傷は治癒したが痛みが続いているということになりかねません。

顎関節症、肩関節周囲炎(五十肩)、変形性膝関節症、テニス肘、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、坐骨神経痛、肋間神経痛、手根管症候群の一部、腱鞘炎、半月板損傷、腱板損傷、変形性股関節症なども痛みやしびれそのものはMPSです。

神経性麻痺と痛み・しびれについて

気になる誤解の一つに「麻痺」と「痛み・しびれ」があります。神経性の麻痺は神経の電気活動が起きていないということです。「痛み・しびれ」は電気活動が起きているということです。つまり神経生理学では逆の現象なのです。

神経性麻痺では知覚鈍麻、知覚脱失になりますが、これを「しびれている」と表現されることがあります。一方、MPSでは「ジンジンする」感覚が生じますが、これも「しびれている」と表現されます。患者さんが「しびれている」というときはMPSを考えるべきなのですが、医師はどうも麻痺と考えることがあるのです。しかもMPSでは知覚鈍麻も生じますので神経性麻痺なのかMPSなのかの診断には注意を要します。

さて椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症で麻痺が生じることがあるかという問題です。もしあったとしてもこの稿の「腰痛などの痛み」とは別のカテゴリの病態ですのでここで論じることはありません。ヘルニアや脊柱管狭窄という構造異常ではきわめてまれですが「麻痺」が生じることがありますのでちょっと書きとめておきます。

腰椎ヘルニアで麻痺が生じるのは馬尾症候群といわれているものです。尿閉などの膀胱直腸障害をきたしますので緊急手術が必要です。これはたぶん急激激烈な腰の筋肉の痙攣がおこり(すごい痛みなのでしょう)、その結果、大量の髄核が絞り出されて馬尾神経を絞扼して麻痺が生じるものと思います。腰椎ヘルニアで唯一の絶対的な手術の適応といわれています。

そのほかの腰椎ヘルニアでは麻痺が生じるようなことはないと思います。坐骨神経麻痺になったという患者さんは聞きませんね。拇指の背屈力の低下は神経麻痺ではなくて、拇指伸筋のMPSのせいです。MPSの回復とともに改善します。

頚のヘルニアでは脊髄麻痺(脊髄症)が生じることがあります。これは痙性歩行や手指の巧緻運動障害で発見されることがあります。脊髄症にMPSが合併していることは珍しくありませんが別問題です。腰椎には脊髄がありませんので脊髄症の心配はいりません。

腰部脊柱管狭窄ではきわめてまれに膀胱直腸障害などの麻痺症状が現れることがあります。これは脊柱管狭窄症の馬尾型といわれているものです。頸部脊柱管狭窄では脊髄症が起きる可能性はありますがこれもきわめて稀です。

痛みの悪循環をいかに早期に遮断するか

痛みとは脳と筋肉の間の電気信号のアップロード、ダウンロードなのです。痛みは痛覚神経の先端にある侵害受容器(ポリモーダル侵害受容器)が強い外力や内因性の発痛物質(ブラジキニンなど)により感作されることによって生じます。ここが第一現場です。

第一現場で生じた痛みの電気信号は脊髄を通り脳に達します。脳はその電気信号を読み解き反応するのです。脳が第二現場です。反応は交感神経の緊張やホルモン分泌を介して行われます。

また痛みの電気信号は脊髄で反射的に筋肉を攣縮(スパズム)させます。交感神経の緊張や筋肉の攣縮は局所の血流障害を起こして酸欠状態になります。これに対して血漿から発痛物質(ブラジキニン)が放出されます。この発痛物質がまたポリモーダル侵害受容器を刺激して痛みが生じるのです。

このようにして痛みの悪循環が収まらなくなってしまうことがあるのです。痛みはいったん勢いがつくと燃え盛る火のようだと例えられています。悪条件が重なると全身的に広がり線維筋痛症という状態になることがあります。痛みは可能なかぎり早く止めてしまうことです。

トリガーポイントブロックの効果

筋骨格系の痛みが特異的疾患に伴っていないことが確認できたら私は痛みの治療にトリガーポイントブロックを用いています。

これは圧痛点(痛覚過敏点)に局所麻酔を注射するものです。トリガーポイントブロックの効果は次の4つです。これらは一時押さえをしているのではなくて、痛みの現場をリセットしているのです。①発痛物質を洗い流す②運動神経をブロックして筋肉のスパズムを止める③痛覚神経をブロックして痛みが脳に伝わるのを止める④交感神経をブロックして血流を改善する。

医師は痛みの治療だけではなく痛みの病態を説明しないといけません。トリガーポイントブロックは患者さんがその場で痛みの消失が確認できるので都合がいいのです。これを痛みの治療的診断といいます。

急性痛の場合は1回から数回のトリガーポイントブロックで治癒します。ちょうどパソコンの調子が悪いときに一度電源を切ってつけ直すとよくなることがありますが、あのようなイメージなのです。

トリガーポイントブロックに使う針は細く、患者さんが注射の痛みを訴えることはほとんどありません。また局所麻酔は安全性の高い薬剤で妊婦でも高齢者でも使うことができます。

痛みの悪循環が続くと中枢性過敏、神経回路の可塑的変化が生じて慢性痛症という新たな病態になることがあります。この場合はトリガーポイントブロックだけでは困難です。あらゆる手段で痛みの治療をしなければなりません。慢性痛症に対して抗うつ薬や抗けいれん薬あるいは漢方薬が用いられます。

慢性痛症に欠かせないのは認知行動療法です。「私は腰が悪いのでスポーツはできない。」という誤った認知を「私の腰は大丈夫だ。スポーツを再開しよう。」というように行動を再開して認知を変え慢性痛症を克服するのです。この誤った認知が形成されるのに医師がかかわっていることが多いのは残念なことです。

痛み治療のさまざまな選択肢

痛みについて全てが分かっているわけではありません。しかし現在の医療水準では筋骨格系の痛みの多くは筋性疼痛=MPSだと考えるのがよいと思います。その方が経済的にも心理的にも患者さんにとってよい影響が期待できます。

筋肉のスパズムはいろんな方法で治る可能性があるのです。鍼灸、マッサージなど伝統的方法も効果が期待できます。あるいは儀式的な効果や安心感で治っても不思議ではないのです。私のトリガーポイントブロックも多くの治療法の一つなのですが有効かつ安全で時間的経済的にも優れていると思っています。

筋肉を鍛えるのではなくてほぐすことが重要です。強いストレッチは逆効果のことがあります。

患者が治るのをじゃまするな

私が入局した30数年前、金沢大学整形外科の高瀬武平教授はよくおっしゃっていらっしゃいました。「キミ、患者が治るのを邪魔するな。邪魔しなくなれば名医だ。」

画像診断機器の発達は目を見張るものがあります。しかし痛みの治療に恩恵をもたらすどころか、かえって進歩を妨げているようです。画像で確認できるのは老化変形した骨格や椎間板です。それが痛みの原因だと思い込んだところから悲劇がはじまります。

痛み医療の原点に戻るとトリガーポイントブロックに行き着きます。痛みは機能的な身体疾患なのですから。

最近、75歳の女性の患者さんからお礼の手紙をいただきました。A県在住のこの患者さんは「すべり症」と診断され手術を受けたのですが、結局足腰の痛みはとれず2年間も車椅子暮らしでモルヒネなど薬を飲み続けていました。B県に住んでいる息子さんが私の本を読んで、お母様を連れて来られました。

ビジネスホテルに泊まって3日間、私の治療を受けました。2年間も車椅子暮らしだった患者さんを3日間の治療で治せるはずがありません。でもこの患者さんの痛みはとても改善したのです。お母様を心配する息子さんが遠方から連れて来られたという行為が、母親の治癒力に影響を与えたのだと思います。痛みとはこのように不思議なものなのだというエピソードです。


by junk_2004jp | 2011-05-18 18:26 | MPS


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