心療整形外科

junk2004.exblog.jp
ブログトップ
2016年 07月 04日

慢性痛はなかなかややこしくて話がすれ違う

慢性痛は脳やポリモーダルが進化しすぎたためなのだろう。(ポリモーダルはある意味脳神経、脳の出先機関と考えてもよいわけだが)

原始的な動物はポリモーダル受容器はなく、Aδ線維のようなものだけで、それも痛みとして認識する脳はない。

ただ、侵害刺激に対して反射的に逃避するだけ。つまり反射として運動神経が反応するだけと思われる。

昆虫、魚、爬虫類はどうなんだろうか。

哺乳類はポリモーダル侵害受容器は備わっていることだろう。

野生では慢性痛は致命的なので慢性痛はないのではないか。

霊長類(オランウータン、チンパンジー)は慢性痛はあるのだろうか。

痛いかどうか聞けないが怪我をしたあと3ヶ月以上たっても痛み行動をとるのだろうか。

ペットとして飼っている犬や猫はどうなんだろうか。

人間の脳はあまりにも進化しすぎてしまったので慢性痛(意味のない痛み)に悩むようになった。

ポリモーダル侵害受容器の受容体は、エネルギーを電気エネルギーに変換する装置だ。

b0052170_23591785.gif


受容体に反応するものだけが痛みの原因になる。

悪性腫瘍、感染症を除けば

痛みの原因が体内にあるものは、自己免疫疾患(リウマチなど)、痛風、仮性痛風だ。

初発の痛みの原因が体外にあるもので電気信号に変換できるものは「外力」と「熱」しかない。

彼らがいうところのファシアの癒着や肥厚に反応する受容体はない。それ自身にエネルギーはない。

私は昔から体が硬い方でストレッチや柔軟体操は苦手だ。体の前屈ではハムストリングは突っ張って膝下10cmぐらいまでしか手が届かない。ラセーグテストは30度ぐらいだ。しかし腰痛などの痛みは無縁だった。今でも数回素振りをするだけでゴルフができる。

「ファシアの癒着や肥厚は体を固くしてケガをしやすい。」とは言えるのだが、痛みの原因とは言えない。

また姿勢にも同じことがいえる。

私は姿勢には無頓着だ。腹ばいになってパソコンを打っている。

どんなところで寝ても腰痛になることはない。

枕にも無頓着だ。強いて言えば固めの高めがいい。

患者さんから質問があれば、「自分が一番気持ちよいものにしなさい。」と答える。

「遅発性筋痛」(運動会の翌日痛みが強くなる)のメカニズムは本当のところよく分かっていないのだろう。

患者さんに短時間でわかりやすく説明するには、「筋肉が突っ張っていて(凝っていて)痛いのですよ。」というが、痛いから攣っているのか、攣っているから痛いのか。姿勢が悪いから痛いのか、痛いから姿勢が悪くなっているのか。

医師が唯一痛みの存在を知る手がかりは圧痛点だ。

圧痛点の直下には機械的刺激に過敏になったポリモーダル受容器が存在する。

普通、押すぐらいの機械的刺激では痛みとして感じられないのだが、過敏になった(閾値が低くなった)ポリモーダルが存在するということだ。

中枢性感作(脳の痛覚過敏)は痛みの起きた時期などから想像できる。

わずかなことですぐに痛みになる場合、急性痛が繰り返していると捉えるのか、断続的に慢性痛が起きていると捉えるのか微妙だ。

慢性痛だと判断しても薬を使わないことが多い。「大丈夫です。よく動かすようにしなさい。」というアドバイスだけのこともある。

しかし、どんな治療にもあまり反応しない慢性痛もある。

ポリモーダルの受容体で電気エネルギーに変換され、脳に伝達される。

b0052170_0331522.gif


この電気信号を読み解く脳がなければ痛みとして認識できないわけだ。

脳は電気信号を扁桃体や海馬、視床などと交通して読み解いて痛みとして認識しているのだ。

脳はまた、交感神経やホルモンを介して痛みに反応しているのだ。

慢性痛は脳の働きを抜きにして語ることはできない。

脳は多様性に富んだ不思議な臓器だ。

読書療法、認知行動療法、絶食療法、森田療法、操体法、自立訓練法などいろいろあるが、なにより慢性痛にならないようにすることだ。

慢性痛はminorRSD(自律神経反射性疼痛)とも言える。http://junk2004.exblog.jp/25953987/

今ではこの言い方はなくなりCRPStype1となったが「そんなもん、CRPSとは言えない。」という意見が必ずでてくる。じゃあCRPS様にしようか。minorCRPSにしようか。

40年前の私の指導医の教え

痛みはいかなる時も速かに止めること。医療では完壁よりも急を尊ぶ場合が多い


[PR]

by junk_2004jp | 2016-07-04 01:23 | 慢性痛 | Comments(0)


<< 痛みからの脱出(1)      先輩の医師哲学 >>