2006年 10月 25日

痛みの概念の変革とその治療

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痛みの慨念の変革とその治療(熊澤孝朗:愛知医科大学医学部痛み学寄附講座教授、名古屋大学名誉教授)

・痛みを訴えることは患者の権利であり、それに対処することは医療者の義務である。日本においても、痛み医療を見直さねぱならない時期に至っている。

・痛みは両刃の剣である。生理的状態における痛み(急性痛)は、末梢組織に傷や炎症があり、痛覚受容器の興奮によって生じる。この痛みは、何らかの組織傷害を知らせる痛みであり、警告信号としての重要な思味をもつ。

・警告信号の役割を終えた痛みは、慢性痛症へ移行させないためにも速やかに取り除くべきである。

・痛みには、症状としての痛み(急性痛)と、病気としての痛み(慢性痛症)という発生機序がまったく異なる2種類の痛みがある。慢性痛症の痛みは痛覚受容器の興奮から始まる急性痛の機序では説明できないし、また警告信号としての意味もない。

・慢性痛症は、神経系の可塑的変容が原因であることがわかり、痛みの概念に大きな変革が起こった。正常時には他の系と独立に働いている痛覚系が、他の神経系と混線状態を起こした状態に変化してしまい、この状態が慢性痛症であると考えられる。

・慢性痛症患者に対して、末梢からの痛みの入力をプ□ックする治療をいたずらに繰り返すことは、患者にとって害にこそなれ益はない。急性痛と慢性痛症の痛みを鑑別することが痛み治療の重要な第一歩である。

・慢性痛症で起こっている神経系の歪みの広がりを食い止め、回復させるには、神経系を正常に戻すための正の新しい可塑性を作る努カ(学習)が必要である。


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慢性痛医療に潜む問題点:理学療法士が直面する現在の痛み医療の苦痛

動いてよいのか悪いのか?筋と痛み

松原貴子(名古屋学院大学人間健康学部リハビリテーション学科講師)

a.医療者に慢性痛の概念がない

そもそも医師の処置が正しいのかどうかを論ずる前に、多くの医療者のなかに慢性痛や筋肉に関する概念がほとんどないというのは悲しい現実である。痛みば急性痛と慢性痛とでは病変がまったく違うため、治療法もまったく別のものとなる。アセスメントやマネジメントのためには、急性痛と慢性痛の鑑別は絶対的に必要である。
明らかな組織の損傷があるのか、ドラッグチャレンジに反応するのか、これらによって急性痛であることが明らかになれば、その組織の治癒を積極的に進める。それと並行して、痛みの管理も早期より積極的に進めるべきである。

これまでの医療では、痛みは合併症の1つとして、いわば“厄介もの扱い”で横に置かれることのほうが多かった。しかし、痛みが持続すれば、組織が治癒した後も慢性痛が生み出される可能性がある。これまでの痛み軽視の治療によって多くの慢性痛患者が生み出されてきたことは否定できない。

一方、これまで慢性痛については、急性痛と区別することなく、急性痛と同じような治療がなされてきた。「骨に異常がなければ、(なんとなく)リハビリを」始めても、合併症の1つとして痛みに対処している限り、また、原因となる疾患を探し出すことに終始している限り、慢性痛患者は救われない。

「痛み止めと湿布で様子をみましょう」、この不適切な処置を続けることは、ある意味、患者放置、医療放棄と言えよう。この放置期間中にも慢性痛は悪循環路線を進み、どんどんと悪化の一途をたどっていくこととなる。そして、「治らない」と訴える患者に、最後の砦とでも言うべき(何でもかんでも)「心因性疾痛」の診断を下し、「どこも悪くないのだから、大丈夫」と“痛みが実際に存在する”患者に言い放ち、診療は(一方的に)終了する。この患者は二度とその病院には来ないだろう。そして、ドクターショッピングを繰り返していく。これでは、いつまでたっても慢性痛患者は救われず、その数は増えていく一方である。

このような慢性痛患者に、「あなたの痛みは慢性痛という新たな病気です(明確な鑑別診断)が、からだを動かすことでずいぶんと楽になりますよ(ヒントとなる対処・治療)」と、ひとこと言える医療者がいれば、それだけで慢性痛地獄から救われる人は増えるだろう。慢性痛に運動は何よりの薬であることがわかってきている。正しい認識をもっているだけで、慢性痛治療は大きく変わり得るのである。

b.医療者に対する痛みの専門教育が少ない

医療者の慢性痛に対する知識不足や誤解は、痛みの専門教育が圧倒的に少ないことによる。前述のように、急性痛と慢性痛の病態がまったく違うこと、さらに慢性痛は立派な病気である(合併症の1つではない)ことさえ知っていれば、自ずとアセスメントもマネジメントも違うことに気づくはずである。

わが国の医療チームの現状では、互いに信頼をもってそれぞれの専門性に患者をゆだねることは難しいだろう。しかし、慢性痛は急性痛のように損傷部が局在化していないため、慢性痛患者はどの診療科、専門領域にも存在し得る。痛みの専門教育によって、すべての医療者が慢性痛を新たな病気として認識し、その知識を熟知することは必要である。

C.痛みに対する医療保険制度が未整備である

診療報酬の問題も痛みの診療に大きな制約を与える。理学療法では、痛みに対して行った治療は一般的に「消炎鎮痛等処置」として算定され、診療報酬が非常に低くなる。

身体的以外にも多くの問題をかかえる慢性痛患者のアセスメントやマネジメントを行うためには、各国の学際的痛みセンターが行っているような専門領域ごとに最低1時間は必要である。しかし、わが国においては、非侵襲的な検査や治療(このなかに理学療法も含まれるであろう)では保険点数はほとんど加算されないか、または非常に低い。そのため、どうしても短時間でより数多くの患者を治療するといった対応をせざるを得ない。この問題は、「社会における問題」とも深くかかわることで、わが国の医療環境整備の空洞化を象徴する1つとして、抜本的な改革が望まれる。
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by junk_2004jp | 2006-10-25 18:28 | 痛みの生理学 | Comments(9)
Commented by sansetu at 2006-10-26 10:26
いままでjun先生がブログで言い続けてきたことが一冊にまとめられたような本なんですね。なんだかスカッとしました。
いや、そんなことでスカッとしてちゃいけないんだろうけど。
近所の整形外科医全員に読んでもらいたい本ですわ。
Commented by junk_2004jp at 2006-10-26 15:57
とても参考になる本です。専門書ですが、痛みに悩む患者さんにもおすすめです。
Commented by TEPCO at 2006-10-30 23:45 x
>慢性痛症の痛みは痛覚受容器の興奮から始まる急性痛の機序では説明できないし、また警告信号としての意味もない。

先生これって慢性痛は侵害受容器性疼痛ではないって言っているのでしょうか?
Commented by junk_2004jp at 2006-10-31 00:31
私もそこのところがちょっと疑問なんですが、新しい概念なんでしょうか。
だって消炎鎮痛剤の効果があるようなないような。
http://www.aichi-med-u.ac.jp/itamiken/abst.html#abst14-01

ここの「慢性痛といっても急性痛が慢性化するもの、神経因性疼痛のように全く性質の異なるものが含まれますが、」を参考に。

急性痛か慢性痛症か実際のところ治療してみないと分かりませんね。単純に罹患の長さだけで決められるものでもないと思うのです。

pHみたいに酸性なのかアルカリ性なのかその境目の中性なのか。

警告信号の意味はなくなっています。

私はトリガーポイントブロックの効果でだいたい判断しています。
Commented by TEPCO at 2006-10-31 08:31 x
この辺は研究者によっても、さまざまな見解があるって感じですかね。
痛みの持つ意味合いは違っても、発生機序は生理学上同じでないと理解しづらいです

>正常時には他の系と独立に働いている痛覚系が、他の神経系と混線状態を起こした状態に変化してしまい、この状態が慢性痛症であると考えられる。

このあたりは本にはもう少し具体的に記されているのでしょうか?
Commented by junk_2004jp at 2006-10-31 08:40
書いてないと思います。それはニューロパシックですね。痛みの記憶とパシックと二つあるが、臨床的にはあまり区別することも無かろうという感じです・・・・。しかし、印象ですが、記憶の場合はトリガーなんかで、治ってしまうことがあるんです。たとえば1年以上続いた五十肩など。
Commented by TEPCO at 2006-10-31 08:59 x
ちなみに先生の所では、どれくらいの期間で五十肩(夜間痛がひどく、少し動かすだけでも痛みが走る重度なもの)は日常支障ない程度に回復できるのでしょうか?
Commented by junk_2004jp at 2006-10-31 12:19
臨床で急性痛と慢性痛(症)の線引きは難しいです。単に期間だけではないように思います。

激しい痛みは1~数回で治ると思います。
Commented by TEPCO at 2006-10-31 14:01 x
1~数回ですか、すごいですね。
ありがとうございました。


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