2007年 07月 09日

腰痛/ヘルニアのエビデンスといってもねぇ

それは、整形外科医の誘導尋問によってつくられたもの。ラセーグテストが神経学的検査だといっているレベルの人たちによってつくられたもの。

ここ数年の整形外科学会で発表された抄録を見ても筋肉に関するものは皆無なんです。(見落としがあるかもしれませんが)

痛みは計測したり写したりできないので、聞き取り調査になる。

エビデンスといわれているものも誘導尋問によるものだから証拠採用はできませんよ。ヘルニアが原因で痛い、すべり症が原因で痛いということを思いこませての結果なんですからね。

エビデンスでどうにもつじつまが合わないと「narrative based medicine(物語に基づいた医学)」という。いったいどっち?都合のいい言い訳?

痛み=experience(体験)と定義されているのだ。つまり物語そのものなのだ。体験にエビデンスといってもねぇ。

そうすると痛みについては、「mechanism based medicine」なんだろう。痛みは電気信号で、最終的には脳で認知判断する。脳の認知判断はnarrative的な要素そのものなのだ。

痛みの治療は電気信号を止めることなんだ。認知を変えることなんだ。

痛みのメカニズムの研究が進み、それを阻止する薬剤、脳科学の進歩が望まれる。
[PR]

by junk_2004jp | 2007-07-09 23:59 | 痛みの生理学 | Comments(2)
Commented by keisyan at 2007-07-10 07:49
痛みとは、生物・心理・社会的 なもの。
ここでいう生物の部分の研究ということでしょうか?
Commented by sansetu at 2007-07-10 09:50
あと、心理と社会の境界もちょっと分かりづらい。
結局は社会的な(入力)刺激のうち、処理能力を超えるものがストレスになると理解してもいいんですか。
以前は社会的なストレスが結局は心理に影響を及ぼすと思っていたのですが、本人的には心理にはまったく影響なく、いきなり発症する人も多いんですよ。
無意識、無自覚、逃避、あるいは仮面うつ、などなのかもしれませんが。
まあすべては連関し、相互浸透していますから、べつにことさら境界を明確にすることもないのかもしれませんが、自分では、「あらゆる入力刺激に対する、極めて個人的な反応現象・表現」だと思っています。
で、痛みの本体とはやはり、生物(脳・神経・パルスネットワーク)の部分にあると思っています。


<< 私たちはもう知ってしまった      臨床学習を終了した医学生A君の感想文 >>