心療整形外科

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2008年 10月 05日

いつの時代でもどこの国でも治っているという事実

背骨のズレが痛みの原因になるという証拠は存在しない

腰痛や下肢痛をはじめとする筋骨格系の痛みはいつの時代でもどこの国でも治っているのだろう。

平安時代でも江戸時代でも明治時代でも。中国でもアメリカでもヨーロッパでもアフリカでも。

たとえば、手術でないと治らないのなら、江戸時代は暗黒の時代だったはずだ。江戸時代どころか50年前でも治らない人がいっぱいいたことになる。

アメリカ生まれのカイロが唯一正しければアフリカや中国など他の国では治らない。

いつの時代どこの国でも治っているという事実。いや治っていたのだろう。私はそう思っている。

早い話が私が医師になった30数年前はまだ脊柱管狭窄症という概念は一般的ではなかった。「神中整形外科学」という1000ページを超えるバイブル的書籍にも脊柱管狭窄症という言葉は一つもでてこない。

痛みに対してある概念が出てきたとたんにそれがブームになるのだ。そして治療するものもされるものもそれのとりこになってしまうものだ。

どこの国でもいつの時代でも治っているという事実。

神経とか椎間板とかヘルニアとかいう概念がない時代のほうがよほど治りがよかったのではないだろうか。

脊柱管狭窄症という概念がまだ一般的でなかった30年前は、今よりはよかったようなきがする。

そのようなことを思い巡らしていくと「筋痛症」にたどり着いてしまう。筋痛症だから、いつの時代でもどこの国でも治っていたのだ。

筋痛症ならどのような方法でも治ると思う。私はトリガーポイントブロックを多用しているが、それでなくてはならないというつもりはない。

筋痛症だから鍼でも灸でもマッサージでも指圧でもカイロでも何でも治る可能性がある。放置しても治るのかもしれない。

唯一バカげた方法は手術だ。

手術でも治る可能性はある。それは筋痛症だから。全身麻酔効果や儀式的効果。

筋痛症だから安心するだけで治ってしまうことだってある。

筋肉を傷める方法は悪化する可能性がある。たとえば手術や危険な手技。

レントゲンやMRIが一般的な検査になってしまった現代では一層治りにくい病気に祭り上げられてしまった感じがする。腰痛や下肢痛の医療化が行われたわけだ。

カイロの背骨のずれ説にしても整形外科医のヘルニア説や脊柱管狭窄症説にしても科学的なウラづけのなない仮説なのだ。そして自作自演をやっているということになる。患者さんをそのように誘導洗脳(言葉は悪いがw)して治療するという複雑な医療行為をしているのだ。

そんなことをいうと「おまえの筋痛症説のトリガーポイントブロックも自作自演だろ。」という批判を受けると思う。

まあその通りだろうw。罪のない仮説。

痛みとは個人的なexperience(体験)と定義されているのだから、痛みを治すということは他人の体験を変えるということなのだ。とても哲学的なことだ。骨大工の整形外科医には不向きな問題なんだな。

とても哲学的な問題を毎日の保険診療で短時間でやっていくには、簡単な言葉で分かりやすい表現が必要となる。患者さんのほとんどが、哲学的なことを求めて、禅問答をしに受診するわけではないのだから。

現実に筋肉を押さえると痛いし、硬くなっているし筋痛症でよいと思う。
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by junk_2004jp | 2008-10-05 01:12 | 痛みの生理学 | Comments(2)
Commented by YA at 2008-10-05 01:55 x
このブログに同意します。

まだまだ整形医学でまかり通る、バカバカしい事があります。
そもそも、何故切る必要があるのか?

松井や清原桑田両選手の件にしても、まだまだ日本そしてアメリカの整形医学はクソだな!としか思えません。


それと日本のあはきにしても、何故だか途中から西洋医学とごちゃ混ぜになってます。

まあ西洋医学迎合には鍼灸は仕方ない面もありますが。

日本には日本の治療術が存在するのに、覚えの悪い、または不勉強な輩や楽をしたい輩のせいで、変なものになりました。
整骨院にマッサージしに行く舛添大臣が医療を取り仕切る機関のトップだから、仕方ないのかなぁ…
Commented by アクビ at 2008-10-05 10:44 x
加茂先生、こんにちは。

>痛みを治すということは他人の体験を変えるということなのだ。とても哲学的なことだ。

>とても哲学的な問題を毎日の保険診療で短時間でやっていくには、簡単な言葉で分かりやすい表現が必要となる。患者さんのほとんどが、哲学的なことを求めて、禅問答をしに受診するわけではないのだから。

患者の立場としてですが、あまりにも身に覚えがあり過ぎて、激しく同意です。

一方、患者側も治療にあたってはシンプルな思考を心がけることも必要である、と感じています。

それにはやはり医師に投げかけられた「禅問答」にきょとんとしてる場合ではなく、無理のない範囲で小さな目標を立てて、達成感を積み重ねていく工夫が必要だな、と感じています。

現主治医とのコミュニケーションで難しさを感じていたところだったので、この記事は大変よいヒント&励ましになりました。

いつもありがとうございますm(__)m


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