心療整形外科

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2008年 10月 27日

ケネディー大統領とジャネット・トラベル医師

ジャネット・トラベル医師は筋筋膜性疼痛症候群を提唱した医師です。

面白いサイトを見つけましたので、ご紹介します。

いまだに間違いを繰り返しているのはなぜなんでしょうか。冷静に考えてごらんんなさい。ヘルニアが痛みを作るはずがないですよ。

固定術なんて論外です。

http://www.maedafamily.com/denki/10.htm

アメリカに戻った時ケネディはギスギスにやせ細り、挫骨神経痛に悩まされていた。チェルシー海軍病院で腰部椎間板の手術を受け、神経組織に対する圧迫を取り除いた。

しかし、背骨はその後も彼を苦しめ続けた、手術は成功してはいなかったのである。

「兄の生涯のすくなくとも半分は、猛烈な肉体的苦痛の日々であった」とロバート・ケネディは書いている。

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1954年になると、苦痛は絶え間なくなり、もう一度手術を受ける決心をした。今度は脊柱に鋼鉄の板を差し込んで行う腰椎の接合である。

外科医たちには、この手術が有効であるかどうかの確信もなく、おまけに危険を伴うと警告したが、不断の苦しみに消耗しきっていたケネディは「私はかまはない。こんな風ではどうしようもないから」と言って手術を希望した。

彼はあらゆる可能性にしがみつきたかったのである。手術後のその年の秋は、まるで拷問であった。鋼鉄の板を入れた場所がブドウ状菌の進入によって化膿してしまったのである。病状はさらに悪化した。
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1955年の春、ケネディはジャネット・トラヴェルと言う人物のことを耳にした。この女性はニューヨークの内科医で、特定の苦痛を伴った筋肉の状態をノポカイン局所麻酔薬で治療していた。

この女医を訪ねたケネディは、医者に対しては極めて懐疑的になっていながらも、今まで以上になんでもやってみようと言った気分になっていた。

化膿した部分はまだ完治してはいなかったし、今度は貧血症までも加わり苦痛は絶え間なく続いていたのである。トラヴェル医師は、この痛みの原因は脊椎もしくは椎間板にあるのではなく、以前からの背中の筋肉の衰弱が引き起こす一種の慢性痙攣にあると診断した。

すぐに、彼女の与えるノボカインは背骨筋肉の痙攣をやわらげ、痛みは急速に引いた。しかし日常の機械的な筋肉の緊張が痙攣の要因であるため、ノボカインの効果もただ一時的なものかも知れなかった。

その後、トラヴェル医師はケネディの左足が右足よりも4分の3インチ(約2センチ)も短いことを発見した。これは明らかに背骨の治療個所の弱さを悪化させる原因であり、驚いたことに、それまでの医者はこのことにまったく気がつかなかったのである。

長年の間、ケネディは歩くたびに背中にシーソーのような上下動与え、背骨筋肉に緊張を与え続けていたのである。

早速ケネディは左足の踵を低くした靴を作らせた。また小さな”添え木”を身につけるようになった。さらに、トラヴェル医師の事務所にあった揺り椅子が、痛みを和らげることに気がついたケネディは、まったく同じ揺り椅子をつくらせたのである。ケネディのトレードマークの誕生である。

色々な栄養補給が貧血を治した。トラヴェル博士の治療と心のこもった助言が、彼の人生を変えたのである。その後、トラヴェル博士に対する信頼は変わらず、大統領就任後は、彼女をホワイトハウスに招き入れ、私的な主治医として生涯ケネディの側に付き添わせたのである。

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by junk_2004jp | 2008-10-27 19:57 | ヘルニア脊柱管狭窄症の矛盾 | Comments(4)
Commented by sansetu at 2008-10-27 21:16
1954年12月生まれでごんす。なのでジョンが(知り合いかっ)トラヴェル先生に初めて会った時、私は0才でした。そして「揺らし椅子」。
私は今、患者さんを毎日揺らしています。
なんだかとても感慨深いです(勝手に)。
Commented by TK(タク) at 2008-10-27 22:02 x
Love and Peace.
手術反対!

sansetuさんが、そー言うキャラを持っていたなんて。
勘違いしてる私。

とりあえず、ジャネット↓
http://www.myopainseminars.com/seminars/travell/images/ph_travell.jpg

後は各自で「Janet G. Travell」を健作ちゃん。
Commented by sansetu at 2008-10-28 09:23
ジャネット先生はさすがに昭和のお顔をされていますね(違)。
残念なのは、せっかくジャネット先生が大統領の主治医になっても、当時のアメリカにジャネット流の筋痛治療と痛みの真の病理が広まらず、結局は患者にとって危険な手術を行なうガイドラインが整備されてしまったことです。でももしかしてケネディがもっと長生きしていたら、自らの腰痛体験に基づき、この分野の改善にも手をつけたかも知れませんね。
私は過去、運輸大臣になられた方や経済界のトップが腰痛などの痛みを取るために鍼灸治療を受けに来る現場にいました。整形で治らないことを彼らはよく知っていますから。変な話です。まあ彼らはもしかしたら医療の志向がマイナー好みだったのかも知れませんが。
Commented by TK(タク) at 2008-10-28 22:03 x
ジャネット先生のトリガーポイントの考え方。
熊澤先生などの痛みのしくみ。
整形外科での臨床経験に基づく、矛盾。

これらを最終的に一環した理論に統一したのが、医学博士、加茂淳先生ではないでしょうか?

筋骨格系痛みの大統一理論です。


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